第二十五話 穴場と言う名の誘惑U(下)

ひょっとすると下流の河口近くで 良型の個体に出会えるかも知れないと思い直し 藪を割り路へと這い出した
先刻車を止めた広場向け歩き出す 相変わらず行き交う車の家族連れは まるで動物園のパンダでも 見る
かの様な 視線を投げ掛け通り過ぎる  先程の場所への曲がり角で つい物陰に身を寄せ 親父が居ない
事を確認 ホッとする反面何故か淋しさも感じてしまう 面白いものだ。

駐車スペースの下手には 低い堰堤が有った
どうした事か 先程からハゼは姿を現さなくなり
抜き上げるヤマメは 幾分サイズアップした
様な? その位置から背伸びしてみると大きく
左にカーブした丘の向こうには 重苦しい色の
日本海が・・・・・・・・・・・・。

木立の枝葉が被う暗い場所へと出た 左岸に
張り出す岩盤へ 強くて速い流水が 一旦其処に
当ると 底へ々と引き込まれて行く 何か得体の
知れぬ存在が潜む直感がして 金縛りを受けた
かの様に 其処から動けなくなってしまった

岩盤に繋がる石積みの護岸の上で カサカサと下草を揺らし 生き物の気配が? やがて見えて来たそれは
30aにも満たない 小さなヤマカガシでそのまま ポトリと川面に落ちた!  そいつは流に揉まれながらも
上手にクネクネと泳ぎ 此方へ寄って来る  右前方の巻き込みに掛かろうとしたその時 水面が盛り上がり
バン!”  飛沫を上げ 次の瞬間ヤマカガシの姿は消えた ”なに?” 一体何が起きたのか 事態を把握
するのに僅かばかり時間が必要だった   こんなチャンスそう有るもんじゃあない 今目前で起きた出来事に
心臓がバクバク言い出し止まらない  落ち着け 々 と自分に言い聞かせながら 焦り震える指で大きめな
ミミズを選び付け替えると 若干上手に向け振り込んでやった 仕掛けは狙い通りの動きで 例の岩下へ呑み
込まれて行く・・・・・・・・・・・・。

ズン!”  重々しい手ごたえ 大きく竿を煽った
ゴツン!” 目一杯撓る 愛竿ダイワ華厳三間は
徐々に相手を引き出し始めたが ヤマメ特有の
抵抗は無い 一体こいつは何なんだ?

水面に浮かせたと云うより 自分で浮いて来た
そんな感じで 足元先2bに 姿を現した奴は
丸々と太く大きかった 一瞬鯉ではと思ったが
違う! 背鰭を水面から出したその姿 背中の
色が 奴の正体を確信させる・・・・・
やや強引に岸へと導いて 岸よりに頭を出す
二つの石で対比すると 2尺は悠に超えている
それよりなんて 太い 々 魚体なんだ!
一体どうやって取り込んだものか はたと悩んだ
張出す枝葉を気にして 若干仕掛けは提灯で
おまけに こんな化け物に出会うとは思いもせず
ラインは0.4号なのだ・・・・・・・・・・・・

<1970年代の愛用品>

よし 思い切って岸へと蹴り上げてやろう 竿尻からたたみ掛け身を乗り出した瞬間 ”ユラリ!”と動き出した
奴は 少しも慌てる素振りを見せず ゆっくり 々 先刻の深み向け沈み出した ラインは限界まで引かれると
パチン!” 無情な音を耳に残し 奴は深みへと姿を消して行き見えなくなって 意志を失ったラインだけが
フワ 々 と 目の前で揺れた。


<後書き> 一時期幾多の小渓を 海岸沿いにひとつ 々 探って行った事が有ります その多くが渓魚の
存在さえ感じられず 静かに海へと落ちる物でした しかし中には見向きもされない小河川に 密かに個人で
放流を続け 自分だけの穴場を作り上げていた 楽しかった探求も それを後で知ると深い後悔が残りました
今回の渓においては 信じられないくらいの濃密さで迎えてくれたヤマメも ひょっとして一斉に海に降っては
数年後に あの小さな川に 犇めき合うように遡上始める なんてワクワクする光景でしょう。

                                                         oozeki